「頑張ってるね」と言われたのに、なぜか虚しかった話
村井課長との月次面談は、毎回微妙な気持ちで終わります。
今月もそうでした。
評価してもらえた。でも、なんか違う
「最近頑張ってるねー。良い結果が出ていて素晴らしいよ!」
面談の冒頭、村井課長がそう言ってくれました。
素直に嬉しかったです。評価してもらえることは、やっぱり嬉しい。でも同時に、数秒後には「あれ?」という感覚もありました。
なんとなく引っかかって、評価の内容を詳しく聞いてみたんです。
村井課長の説明はこうでした。
「新規のお客様から検討段階に進めた案件が先月の倍くらいになってるじゃないか。アポイントも訪問もたくさんこなしてくれてる。ちゃんと見てるよ」
数字は合ってます。確かに1ヶ月で案件数は倍近くになりました。これは事実です。
でも、なんで倍になったのか、そこが全然違うんです。
村井課長が知らなかったこと
1ヶ月前のチーム会議を覚えていますか、と課長に聞きました。
「検討段階に進む案件が少ない」という問題が議題に上がったあの会議です。
あのとき、僕はこう提案しました。
「新規顧客の流入元によって、次のステップに進む率が全然違います。セミナーから来てくれたお客様は商談に進む率が展示会経由の3倍くらいある。だからセミナー流入のお客様に優先してアプローチするよう、チーム全体の動き方を変えましょう」
村井課長と部長がこの提案を採用して、チーム4人全員がアプローチ先を変えた。その結果として、今月の案件数が増えたわけです。
僕だけじゃなくて、チーム4人全員の数字が上がっています。
思い切って、はっきり伝えました。
「僕が頑張ったのは月30件のアポイントと訪問じゃなくて、あのチーム会議の30分なんです。僕がつくった成果は自分の10件の案件じゃなくて、チーム4人の合計35件の案件です。課長が評価してくれた僕の頑張りは、実際の頑張りの60分の1で、成果は3.5倍です」
ちょっと生意気だったかもしれません。でも、伝えずにはいられなかった。
課長の表情が変わらなかった
村井課長は、ピンときていない様子でした。
「まあ、チームで頑張ってくれてよかったよ」みたいな感じで、話が終わりました。
個人がアポイントや訪問を頑張るのではなく、仕組みを変えることで成果が上がる、という感覚が、村井課長にはどうも伝わらないようでした。
悪い人じゃないんですよ、村井課長は。むしろ面倒見は良いし、部下の話もちゃんと聞いてくれる。でも評価の軸が「どれだけ動いたか」「どれだけ訪問したか」になっていて、そこからズレた成果の話をしても、なかなか響かない。
会議室を出たとき、正直かなりしんどかったです。
「話せばわかる」は幻想だった
このとき初めて、自分が大きな思い込みをしていたことに気がつきました。
「仕組みを作って成果を出せば、ちゃんと評価される」
「もし課長がわかっていなくても、説明すればわかってくれる」
これ、完全に僕の思い込みだったんです。
評価基準は、客観的なものじゃない。僕が「これが成果だ」と思うものと、村井課長が「これが成果だ」と思うものが、根本的にズレていた。そしてそのズレは、僕がどれだけ説明しても、すぐには埋まらない。
しかも怖いのは、村井課長が悪意を持っているわけじゃないってことです。あの人は本当に、自分の評価基準で正しく僕を評価しようとしている。そこに悪意はない。ただ、評価の物差しが違うだけです。
でも、物差しが違うと、こんなことが起きます。
仕組みを作って35件の案件を生んでも、「頑張ってアポ取ってる人」と同じ評価になる。いや、もしかしたら「仕組みを作った人」より「毎日ひたすら動いてる人」の方が評価が高いかもしれない。
これは村井課長が悪いんじゃなくて、評価の仕組みそのものの話だと思うんです。
効率化しても、楽にならない構造
振り返ってみると、僕はずっとこのパターンにはまっていました。
業務を効率化する。チームの生産性が上がる。でも給与は変わらない。それどころか「余裕がある人」と見られて、新しい仕事が降ってくる。
今回もそうです。チームの案件数が増えたことで、今月の目標数字がさらに上がりました。「来月はもっとできるね」という空気が漂っています。
効率化すればするほど、仕事が増える。でも給与は上がらない。
これ、何かがおかしくないですか。
村井課長を責めたいわけじゃないし、会社が悪いとも言い切れない。でも、効率化や仕組み作りが「個人の報酬」につながらない構造の中で、僕はずっと最適化を続けてきたんだということに、今さら気づいています。
どれだけ成果を出しても、評価するのは村井課長です。村井課長の物差しで測れない成果は、成果として認識されない。これは僕の問題じゃなくて、評価の構造の問題だと思っています。
「報われること」を考えないといけない
面談から帰り道、ぼんやりこんなことを考えていました。
今まで「良い仕事をすれば報われる」と信じていた。でも「良い仕事」の定義が、自分と評価者でズレていたら、頑張れば頑張るほどすれ違っていくだけです。
村井課長は来年も村井課長です。評価基準も、おそらく変わらない。
だとしたら、僕が変えられるのは、どこで頑張るか、だけなんじゃないかと思い始めています。
効率化のスキルを磨くことは続けたい。でも、そのスキルを「村井課長に評価してもらう」ために使うのか、「自分の報酬に直結する場所」で使うのか、そこを考え直す必要があるんじゃないか。
まだ答えは出ていません。
でも、この違和感を放置したまま来年も同じことを繰り返すのは、さすがにもうやめようと思っています。
同じようなモヤモヤを感じている人、いませんか。

