土曜日、1歳の子供は父親を見て『だれ?』という顔をした

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「大変、大変……」

神山リーダーがそう口にするのを、私は何度聞いただろう。一度や二度じゃない。数ヶ月にわたって、部下の前で、ぽつりぽつりと、弱音が漏れていた。

30歳でリーダーになった、優秀な人だった。気さくで、穏やかで、話しかけやすい。そういう上司だった。

数字で見ると、もっと重かった

神山リーダーの一日を、当時私が聞いた範囲で並べると、こうなる。

朝7時、自宅を出る。電車で1時間、そこから電動自転車で20分。9時に出社する。夜は22時まで残業して、同じルートで帰宅する。自宅に着くのは23時半ごろ。

在宅時間は、実質7時間半しかない。そのうち睡眠を引けば、家で「起きて過ごせる時間」はほとんど残らない。

そして、1歳の子供がいる。家を買って1年が経つ。住宅ローンが始まっている。

数字にしてみると、改めて重かった。毎日22時まで残業するということは、子供が起きている時間に家にいない、ということだ。朝7時に出れば、子供が起きる前に家を出る。夜23時半に帰れば、子供はとっくに眠っている。

一緒に住んでいるのに、子供と会えるのは土日だけ。

土曜日、子供は父親を見て「だれ?」という顔をした

神山リーダーがその話をしてくれた時、笑いながら話していた。自虐っぽく、でも笑うしかないような顔で。

「土曜日に子供と会うんだけど、なかなか懐かないんだよね。見知らぬ人を見るみたいな顔するんだよ」

私はその瞬間、返す言葉が見つからなかった。

1歳の子供は、毎日顔を見ている人を「家族」として認識する。毎日声を聞いている人に、安心して近づいていく。それが1歳という時期だ。神山リーダーは週5日、子供が起きている時間には存在しない。だから土曜日に現れても、子供にとっては「たまに来る人」でしかない。

懐かないのは当然だ。でも、それが「当然」になってしまっている状況が、どれほど積み重なってそこにあるのかを考えると、笑えなかった。

リーダーになっても、仕事は減らなかった

神山リーダーはプレイングマネージャーだった。自分の担当業務を抱えながら、5人の部下の面倒も見る。

自分の仕事だけでも、すでに残業が続いている状態だった。そこにマネジメントの責任が乗っかってくる。部下の進捗を確認して、詰まっているところをフォローして、上司への報告もまとめる。それが「リーダーの仕事」として追加された。

業務量は増えた。でも、時間は増えない。だから皺寄せは、残業として吸収されていく。

さらに神山リーダーを苦しめていたのは、部下にもサービス残業をさせてしまっているという罪悪感だった。自分が抱えているものが多すぎて、部下に適切に振れない。結果として、部下も遅くまで残ってしまう。それをわかっていながら、どうすることもできない。

「大変、大変……」という言葉は、そういう場所から出てきていた。愚痴でも、甘えでもなく、もう出口が見えなくなっている人の声だった。

「いつ楽になるのか」が見えない

神山リーダーが数ヶ月弱音を吐き続けていた理由は、もう一つあったと思う。

終わりが見えないことだ。

いつ昇進するのかわからない。昇給の見通しも立たない。忙しさがいつ落ち着くのかも、誰も教えてくれない。住宅ローンは始まっている。子供はいる。生活は続く。でも、この状況がいつ変わるのかを示す指標が、何もない。

目の下にくまを作りながら、それでも毎朝7時に家を出て、22時まで働いて、23時半に帰って、また翌朝7時に出ていく。その繰り返しの中で「大変」という言葉が、じわじわと外に漏れていった。

頑張っているのに報われる気配がない。それがどれだけ人を消耗させるか。神山リーダーの顔が、数ヶ月でどう変わっていったかを、私は覚えている。

「昇進すれば楽になる」は本当か

私はあの頃、漠然と「上に行けば状況が変わる」と思っていた。リーダーになれば、マネージャーになれば、もう少し余裕ができるはずだと。

でも神山リーダーを見ていて、その前提が崩れた。

30歳でリーダーになった。それは紛れもなく評価された結果だ。優秀だから任された。責任感があるから選ばれた。そして、その「評価」の中身は、自分の仕事に加えて部下5人の面倒を見ることだった。責任は増えた。業務量は増えた。でも、時間は増えない。家族と過ごせる時間は、むしろ減った。

昇進は「報酬」として提示されているけれど、実態は「負荷の追加」だった。そしてその負荷が、子供が父親の顔を覚えられないという形で、家族のところに流れていった。

問題は神山リーダーの能力でも、努力でも、覚悟でもない。どれだけ優秀でも、どれだけ責任感があっても、仕事が人に集まり続ける構造の中では、消耗していくしかない。

「こうなりたくない」ではなく「こうなる構造がある」

私が感じたのは、神山リーダーへの否定じゃなかった。むしろ逆だ。あれだけの誠実さと責任感を持った人が、あの状況に至るということへの、静かな恐怖だった。

神山リーダーが「大変」と言い続けたのは、弱いからじゃない。強いから、引き受けすぎた。真面目だから、手を抜けなかった。そういう人が置かれる構造の問題だ。

私はその時から、「どれだけ頑張るか」と同じくらい、「どういう構造の中で頑張るか」を考えるようになった。努力は必要だ。でも、その努力が自分に返ってこない場所で頑張り続けても、神山リーダーのように「大変」という言葉が漏れ続ける未来に向かっていくだけだ。

土曜日に、我が子に「だれ?」という顔をされる未来に。

あなたの職場にも、似たような人がいないだろうか。あるいは、今の自分が少しその方向に向かっていないだろうか。そう感じるなら、それは正しい感覚だと思う。

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