早坂先輩が自虐ネタを話してくれたのは、たしか入社して数ヶ月が経った頃だった。
26歳。私より少し年上なだけで、現場の経験も知識も段違いだった。挨拶は必ずしてくれるし、私が困った顔をしていれば「どうした?」と声をかけてくれる。教わり方を知らない新人だった私に、丁寧に、嫌な顔ひとつせず、何度でも付き合ってくれた。
正直、「こういう先輩になりたい」と思っていた。
だから最初は、自虐ネタも笑えた。「俺、帰れないんだよね〜」とか「夜中も仕事してるんだけど笑えないよな」とか、本人が笑いながら話すから、こっちも釣られて笑っていた。
でも、ある日その話を「自虐ネタ」として笑えなくなった。
逆流する人間
夕方の17時半すぎ。仕事終わりの人たちが駅に向かって歩いていく時間帯がある。みんな少し早足で、スマホをいじりながら、どこかほっとした顔をしている。
私はその流れに乗りながら、ふと気づいた。早坂先輩が逆方向に歩いていた。
駅に向かう人の波を、早坂先輩は一人、自社に向かって逆行していた。客先でのSE作業を終えて、会社に「戻る」ところだった。
周囲の人たちと早坂先輩のあいだに、何か目に見えない壁があるような気がした。同じ時間に、同じ場所にいるのに、あの人たちの「終わった感」と先輩の「続く感」がくっきりと分かれていた。
先輩はそのことを後で笑い話として話してくれた。「疲れてんのに逆行してると、余計足が重くなるんだよな」と。私はそこで初めて、うまく笑えなかった。
22時に上司が「起きろよ」と言った
会社に戻ってからも、仕事は続く。
客先でもらった質問への回答、宿題になっていた調査、その日やった作業のまとめ、翌日の準備。ひとつひとつは大した量じゃないように見えるかもしれない。でも、昼間に客先でフル稼働してきた後にやるには、それだけで十分すぎるほど重い。
22時。上司が帰り際に早坂先輩の肩を叩いて言ったそうだ。「起きろよ」と。
先輩は机に突っ伏して寝ていた。疲れが限界を超えて、意識が落ちていた。上司はそのままコートを着て退社した。先輩だけが残った。
その話を聞いた時、私の中で何かが固まった。笑い話として語られているけれど、これは笑える話じゃない。少なくとも、私には笑えなかった。
11時に一度帰って、また続ける
早坂先輩はその後、23時頃に一度帰宅する。でも帰宅は「終わり」ではなかった。家に帰ってから、また仕事の続きをするのだという。
頭が回らないまま時間だけが過ぎた後、家に帰って、また開く。それが当たり前の一日になっていた。
私はそれを聞いて、「この人の一日のどこに休みがあるんだろう」と思った。
先輩は優しい。丁寧だ。自分のことを犠牲にしても、後輩の質問には答えてくれる。仕事に手を抜かない。そういう人間が、こういう状態になっている。
問題は先輩じゃない、と気づいた
最初は、うまく言語化できなかった。モヤモヤとした違和感だけがあった。
でも時間が経つにつれて、少しずつはっきりしてきた。先輩に問題があるんじゃない、と。
先輩は仕事ができる。コミュニケーションも取れる。責任感もある。むしろ、そういう人間だからこそ、仕事が集まる。客先の対応も、社内の後処理も、翌日の準備も、全部引き受けてしまえる。できてしまうから、引き受けさせられる。
そして「できる」という事実は、給与にも評価にも、大して反映されていない。
26歳で、一日の終わりに机で気を失うほど働いて、家に帰ってもまた仕事を続けて。それで得ているリターンは何なのか。私はその答えが見えなかった。
「これが自分の未来かもしれない」
先輩の話を笑えなくなったのは、そこからだった。
自分が先輩と同じような誠実さで仕事をして、同じように責任感を持って動いたとして、5年後、6年後、7年後——私も同じような話を、自虐ネタとして笑いながら話しているんだろうか。
「帰れないんだよね〜」と笑いながら。「家でもやってんだよな」と苦笑しながら。
それが怖かった。早坂先輩が嫌いになったわけじゃない。むしろ好きだから、怖かった。こんなに誠実で、こんなに仕事ができる人が、こういう状態に収束していくなら、「正しくやる」こと自体が罠なんじゃないかと思った。
努力の方向が正しくても、その努力が返ってくる構造になっていないなら、消耗するだけだ。
自虐ネタは「笑えない未来」の予告だった
先輩が自虐ネタを話す時、周りはよく笑っていた。私も最初は笑っていた。でもあの笑いは何だったのか、今も少し考える。
笑いにするしかなかったんだと思う。怒っても変わらない。嘆いても変わらない。だから笑い話にして、その場をやり過ごす。
問題は先輩の個人的な能力でも、根性でも、意識でもない。先輩は十分すぎるほど努力している。問題は、その努力が「吸収されるだけで返ってこない構造」の中に先輩が置かれていること、そしてそれが当たり前として回っていることだ。
私はその時から、「仕事を頑張ること」と「自分の努力が返ってくる場所を選ぶこと」は、まったく別の問題なんだと意識するようになった。
先輩の姿は、私に何かを教えようとして見せてくれたわけじゃない。ただ正直に、自分の日常を話してくれただけだ。でも、そのおかげで私は早めに気づくことができた。
あなたが今、似たような話に笑えない感覚を覚えているなら——それは鋭い感覚だと思う。笑えない理由は、そこに何か本質的なことが隠れているからだ。







