若手1人がベテラン5人分?「個人の能力」の問題ではない、技術継承の無理ゲーな構造

若手1人がベテラン5人分を背負う構造的無理を示すアイキャッチ画像 報われない努力の構造

▶︎仕事の効率化を考えた結果、仕事をやめた人
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若手1人がベテラン5人分を背負う構造的無理を示すアイキャッチ画像

プリンターメーカーで働く若手エンジニアから、話を聞いたことがある。

入社4年目。技術は確かにある。熱意もある。しかしその目は、どこか疲れ果てていた。

「覚えなきゃいけないことが、毎日増えていくんです。追いつく気がしなくて」

その言葉の末尾に、かすかな諦めがあった。

優秀な若手が辞める会社に共通していること。それは「個人の限界」ではなく、「構造の限界」が先に来ているということだ。部長が「もっと積極的に」と言い続ける構造については、管理職がなぜ精神論に逃げるのかを解体した記事でまとめた。ここでは、その現場で若手が実際にどんな重荷を背負わされているかに焦点を当てる。


現場にいた「消えそうな若手」が見ていた景色

情報の洪水に溺れそうになっている若手エンジニアのイメージ図

その若手が1日に扱う情報を、少し整理してみた。

午前中は、15年前に製造された古い機種の保守対応。モーターの動作ログを読み解きながら、当時の設計資料を参照する。資料は紙ベースで、デジタル化されていない。

午後は、最新機種のファームウェアのアップデートに伴う不具合の調査。ソフトウェアのバージョン管理の知識がいる。顧客の環境に合わせた設定の知識がいる。

夕方は、インクの組成変更にともなう印字品質のドロップについて、化学系のベテランに相談しながら調査。

この1日で参照した技術領域は、機械、電子、ソフトウェア、化学と、4つにまたがっている。対象機種は古いものから新しいものまで複数。

これを「積極的に吸収する姿勢さえあれば」こなせると思うほうが、無理がある。


徹底解剖:1対5という残酷な算数

ベテラン1人あたりの担当範囲と若手1人の負担の対比図

この構造を、もう少し具体的に見てみる。

ベテランの時代の「担当スペック」

20〜30年前、ひとりのベテランが担当していた範囲はどんなものだったか。

機種は、自分の専門とする2〜3機種。技術領域は、主に機械系。保守対象の製品年数は、概ね現役機種のみ。顧客の要求も、当時はシンプルだった。

時間をかけて、その範囲のプロになった。「盗む」対象が限定されていたから、コピーできた。

現代の若手の「担当スペック」

今はどうか。

製品ラインナップの拡大により、担当機種は10を超える場合もある。技術領域は機械・電子・化学・ソフトウェアの4領域が複合化。保守対象機種の製造年は1990年代から現在まで、約30年分に及ぶ。

技術の「面積」が、単純計算で5〜10倍になっている。

でも人数は増えていない。むしろ減っている。少子化の影響で採用は困難になり、離職も続く。

これは算数の問題だ。1人に5人分の仕事をさせようとしている。精神論で乗り越えられる差ではない。経営・マネジメントレベルの「計算ミス」が起きている。

「5人分」の内訳

もう少し解像度を上げると、若手1人が今担っている技術範囲は次のとおりだ。

  • 最新機種の設計・ソフトウェア知識(現在のベテランのメイン)
  • 中堅機種(5〜10年前)の保守知識
  • レガシー機種(10〜30年前)のアナログ的な機械知識
  • インク・材料の化学的な知識
  • ソフトウェア・ファームウェアの管理知識

これを1人でカバーしようとしている。「やる気の問題」という話じゃない。


内的要因と外的要因が「若手」をサンドイッチにする

内的要因と外的要因が若手をサンドイッチにする構造図

この問題には、2つの方向から圧力がかかっている。

外から来る圧力:3つの外的要因

まず少子化。

日本の生産労働人口は、ピーク時(1998年頃)から10%以上減少している。製造業の人手不足は構造的なものであり、採用努力でどうにかなる次元の話ではない。プリンターメーカーも例外ではない。

次に顧客ニーズの多様化。

印刷に求められる仕様は、数十年前と比べて格段に複雑になった。用紙の種類、インクの種類、解像度の要求、環境規制への対応。顧客ごとに要件が違う。同じ機種でも、顧客によって異なる設定・ノウハウが必要になる。

そして短納期化。

製品サイクルが速くなった。不具合が出たときの対応スピードへの要求も上がった。学習する時間がない状態で、即戦力として動くことを求められる。

内から来る圧力:2つの内的要因

製品のブラックボックス化が進んだ。

機械的な動作は目で見て理解できたが、ソフトウェアの制御は見えない。電子部品の動作も、計測器がなければわからない。化学反応は目視できない。技術の「可視性」が根本的に低下した。

そして保守対象の長期化。

機械は買い替えサイクルが長い。10年前、20年前の機種を、今も現役で使っている顧客がいる。その機種の設計を知っているのは、もうすぐ退職するベテランだけという状況が生まれている。

外からの圧力と内からの圧力の交差点に、若手が立たされている。

これは「個人の資質」の問題ではない。構造の問題だ。


「全部覚える」という戦略の限界

車・飛行機・船の操縦を同時に要求される無理を描いた比喩図

この構造が明らかになったとき、一つのことが見えてくる。

「全部覚える」という戦略は、もう機能しない。

人間の脳は、異なる技術領域の知識を機械、電子、化学、ソフトウェアの4領域にわたった広さで横断的に管理するのに、認知的な負荷が非常に大きい。

車両の操縦を完璧に覚えたまま、飛行機の操縦も記憶できるようになれ、同時に船の操縦も覚えるようになれと言うような要求と同じなのだ。

また、「知識の面積」が広がる中、保守対象の機種は減らない。複数の機種の履歴が、年分を問わないで積み重なっていく。

記憶容量がずずずと後退する感覚があるなら、それは正常な反応だ。

個人の脳に入れ込みにするモデルは、リソースが豊富だった時代の設計思想だ。その負荷を今の若手に強要しても、返済は不可能に近い。

これは若手の戦略の問題ではなく、構造そのものの設計エラーだ。


まとめ

この会社の若手が疲弊していたのは、努力が足りないからではなかった。

1人が担うべき技術の「面積」が、昔と比べて劇的に広がっていたからだ。それは外的要因(少子化・多様化・短納期)と内的要因(複雑化・長期化)が重なって生まれた、構造的な問題だ。

このまま何年もたてば、ベテランが定年退職した明日から、引き継ぎできなかった知識が会社から消えていく。

問題の所在が「自分の能力」から「構造の設計ミス」へ移ったとき、次の問いが生まれる。

「じゃあ、その構造をどう変えるのか」

次は、このカオスを「整理と言語化」で資産に変える具体的な方法を伝えます