以前、担当したお客様の話です。
鉄道の保守を手がける会社で、ベテラン技術者のノウハウや過去の案件資料が社内でうまく共有されていないという問題がありました。若手が担当した案件では工程の遅延が頻発して、品質の問題による手戻りも起きていた。
役員の指示でワーキンググループが立ち上がり、「社内の情報共有システムを導入する」という方針まではまとまっていました。
でも、そこから先が全然進まなかったんです。
アンケートを取ったら「導入しない」になった
ワーキンググループがやったのは、メンバーへのアンケートでした。
「このシステムの導入についてどう思いますか」という内容で、社内の関係者に聞いて回ったそうです。結果は、積極的に導入したいという回答が半数を超えなかった。
推進担当者はその結果を受けて、「アンケートで否決されたので、導入しないという判断になりました。これはこれで正しい結果でした」と言っていました。
話を聞いたとき、なんとも言えない気持ちになりました。
システムを導入しないという結論が悪いんじゃないんです。その結論の根拠が、目的も判断基準もない多数決だったことが問題なんです。
「どう思いますか」と聞いたら好き嫌いの話になる
その後、縁があってこの会社のプロジェクト担当者と話す機会がありました。
「アンケートの取り方に問題があったんだと思います」と伝えました。
「このシステムについてどう思いますか、と聞いてしまうと、回答する人はそれぞれ自分の感覚で答えます。画面の色が好きじゃない、文字が小さくて見づらい、操作が複雑そう、という話になる。年配の方は特にそうなりやすい。これは使用感の話であって、導入するかどうかの判断基準にはなりません」
担当者は「確かに、そういう回答が多かったです」と言っていました。
「アンケートを取る前に、まずプロジェクトの目的と判断基準をしっかり説明する必要があります。なぜこのシステムが必要なのか、何が解決できると導入成功なのか、それを共有した上で聞かないといけない」
「たとえば、こういう聞き方をしてみてください。『過去の保守失敗事例をこのシステムで参照できますか?これによって保守計画の手戻りを削減できると思いますか?』という質問なら、回答者は使用感じゃなくて業務上の効果で判断できます。そうすれば『この仕組みで手戻りの削減ができる』という方向の回答が集まってくるはずです」
担当者はメモを取りながら聞いていました。今まで何度かプロジェクトを立ち上げてきたけど、うまく進まなかった理由がようやくわかった、という反応でした。
その後、数ヶ月にわたって一緒にプロジェクトを進めることになりました。
鉄道保守のプロが、業務改善は苦手だった
一緒に仕事をしながら感じたのは、このお客様の担当者もその上司も、鉄道保守の技術者としては本当にプロフェッショナルだということです。保守の現場で何十年もやってきた経験がある。技術的な話をすると、こちらが学ぶことも多かった。
でも「業務改善のプロジェクトを進める」となると、途端に難しくなってしまう。
目的が曖昧なまま進んでしまう。判断基準がないまま意思決定しようとする。課題の定義ができていないまま解決策を探し始める。
経験の問題と言ってしまえばそれまでですが、もう少し根本的なところで「論理的・構造的に考える」という思考の習慣があるかどうかが大きいと感じています。
目的を明確にする。判断基準を先に決める。課題を構造的に分解する。こういうことを自然にやれる人とやれない人では、プロジェクトの進み方が全然違います。
これはこの会社だけの話じゃない
これまで数百社のお客様と話してきましたが、業務改善や効率化のプロジェクトで、目的・課題・判断基準を最初から明確にできている会社は、正直なところ多くありません。
「何かを変えなければいけない」という危機感はある。でも「何をどう変えると成功なのか」が定義されていないまま、プロジェクトが立ち上がる。アンケートを取る、反対意見が多い、立ち消えになる。しばらくして同じ問題が再燃して、また新しいプロジェクトが立ち上がる。
この繰り返しをしている会社を、何度も見てきました。
うちの会社でも、似たような話があります。「業務を効率化しよう」と言いながら、何をもって効率化できたと判断するのか、誰も明確にしていない。そういう状態でプロジェクトが動いて、結果が出ないまま終わる。
システムの使い勝手が好きか嫌いかの多数決で、導入の可否が決まってしまう。それが問題だと誰も気づかないまま、「メンバーが消極的だから進まなかった」という結論になる。
問題は個人の消極性じゃなくて、判断基準を設計できていないプロジェクトの進め方にあると思います。
でもこれ、気づいていない人には気づきにくいんですよね。判断基準がないこと自体が、問題として認識されていないから。


