
工場設備のメンテナンス会社に、業務改善の提案をした。
「期待する効果」には数値を入れた。削減工数を人件費換算した年間コスト削減額、エラー件数の減少による損失回避額、投資回収期間。一通り計算して、数値は揃えた。
それでも、最初の提案書は承認されなかった。
決裁会議で「本当にこの数字が出るのか」と問われ、答えに詰まった。数値化は正しい方向だと思っていた。なのに通らなかった。しばらく、何が足りないのか分からなかった。
気づいたのは「期待する効果」の読み手が2種類いる、という事実だった。決裁者と実務担当者。この2つに対して同じROIのデータを見せても、片方にしか意味が伝わらない。
- 「期待する効果」には2種類の目的がある——決裁者に投資を判断させることと、実務担当者に協力の合意を得ること
- 決裁者向けKPIは「円・コスト削減・ROI」で設計し、実務担当者向けKPIは「時間・件数・人日」で設計する
- 2種類のKPIは「問題」「課題」「解決策」と対応関係を持たせることで、提案書全体に一貫性が生まれる
業務改善提案書の「期待する効果」——数値化すれば承認されると思っていた

「期待する効果」の書き方を調べると、どこにでも同じアドバイスが並んでいる。
「KPIを設定しましょう」「ROIを計算しましょう」「定性的な表現ではなく数値で示しましょう」。
確かにそれは正しい。削減された工数を時給で換算すれば年間コスト削減額が出る。エラー件数が減れば損失回避額が計算できる。「残業が減ります」「ミスが減ります」という定性的な表現を、「年間1,000万円のコスト削減が見込めます」という一行に変えた。
それでも、決裁会議では「この数字の根拠は何ですか」と返ってきた。
数値化の方向は正しかった。だが何かが足りなかった。
問題点の段階から数値設計を見直したい場合は、業務改善提案書の「問題点」はQCDで書くが参考になる。
ROIだけ書いても通らない。原因は「承認者が2種類いる」という構造にある

業務改善提案書の「期待する効果」には、2つの役割がある。
役割①:決裁者(経営層・部門長)が投資を判断するための材料を提供すること。
役割②:実務の関係者が協力に合意するための材料を提供すること。
多くの提案書はROIしか書いていない。年間コスト削減額、投資回収期間、費用対効果——これは決裁者には確かに刺さる。しかし実務担当者には刺さらない。
提案書が承認された後で、現場の担当者からこう聞かれたことがある。
「で、具体的に私の仕事はどう変わるんですか?」
年間8,000万円のコスト削減という数字は、経営層には意味がある。しかし現場の担当者にとっては、自分の日常業務との接点が見えない。承認は下りたのに現場が動かない。改善の実行フェーズで協力が得られず、プロジェクトが止まる——こういう事態が起きる。
決裁者は「円」で判断し、実務担当者は「時間」「件数」「工数」で判断する。同じ改善効果でも、読み手によって受け取るべき言語が違う。書き方が悪かったのではない。設計の観点が一つ足りなかっただけだ。
「期待する効果」は2種類書く

業務改善コンサルタントとして提案書を設計するとき、「期待する効果」は必ず2つのパートに分けて書く。
パート①:決裁者向けKPI
問題点に書いた数値と対比する形で、解決後のコスト・ROI・人月を示す。
パート②:実務担当者向けKPI
課題ごとの解決策を実行したとき、担当者の業務が時間・件数・人日でどう変わるかを示す。
「社長には円で、現場には時間で語る」。この一行が、2種類のKPI設計の軸になる。
決裁者向けKPIは「問題」と対比で示す。現状の問題がいくらのコストを生んでいて、解決後にそれがいくらになるか。実務担当者向けKPIは「課題」「解決策」と紐づけて示す。各課題の解決策を実行したとき、自分の業務が具体的にどう変わるか。
この2つが揃って初めて「期待する効果」が機能する。決裁者は投資を判断し、実務担当者は「これなら協力したい」と感じる。
実務担当者向けKPIは、提案書の「課題」と対応関係を持たせることで精度が上がる。課題の書き方については業務改善提案書の「課題」の書き方:QCDとルール視点で整理するコンサルタント直伝のフレームワークを参照してほしい。
業務改善提案書の書き方:実際に使った2種類のKPI設計——工場設備メンテナンス企業の事例

工場設備を開発・メンテナンスする企業のメンテナンス部門に提案した際に、実際に使ったKPI設計を公開する。
決裁者向けKPIの書き方
決裁者向けKPIは、提案書の「問題」と対比の形で書く。現状の問題がいくらのコストを生んでいて、解決後にどれだけ削減されるかを金額で示す。
数値はすべて、実際の提案書に記載した計算根拠に基づいている。たとえばエスカレーション工数コストは、1件あたりの対応工数(エスカレーション先の技術者の出動費・移動費・対応時間を合計した1件17.5万円)に年間件数1,000件を掛けた数字だ。メンテナンス業務コストも同様に、不得意設備の対応1件あたり12万円(技術者工数+外注費)という実績値を使っている。
| 指標 | 現状(Before) | 解決後(After) | 年間の変化 |
|---|---|---|---|
| メンテナンス業務コスト | 不得意設備12万円×1,000件 = 1億2,000万円 | 不得意設備12万円×500件+得意設備4万円×500件 = 8,000万円 | 年間4,000万円削減 |
| エスカレーション工数コスト | 年間1,000件 = 1億7,500万円 | 年間500件 = 8,750万円 | 年間8,750万円削減 |
| トラブル再発コスト | 100件×17.5万円 = 1,750万円 | 50件×17.5万円 = 875万円 | 年間875万円削減 |
| 保守契約継続率・新規導入 | — | 売上20億円の2%アップ | 4,000万円増 |
| 開発部門 間接業務 | 年間8,000時間(50人月) | 年間4,000時間(25人月) | 25人月削減 |
| 営業部門 間接業務 | 年間2,000時間(12.5人月)= 3億円の機会損失 | 年間1,000時間(6.25人月)= 1.5億円の提案機会増加 | 機会損失1.5億円改善 |
決裁者向けKPIは必ず金額(円)で示す。問題点に書いた数値と対になる形で、解決後の数値を並べることで投資対効果が一目で分かる構造になる。
また、決裁者は楽観的な1本の数字を信用しない。「標準シナリオ(上記の数値が達成できた場合)」と「保守シナリオ(効果が半分にとどまった場合)」の2本立てで示せると、承認のハードルが下がる。「最悪のケースでも投資は回収できる」という構造を作れると、不安を先回りして取り除くことができる。
実務担当者向けKPIの書き方
実務担当者向けKPIは、提案書の「課題」「解決策」と紐づけて書く。担当者の業務が具体的にどう変わるかを、現場の人間が実感できる単位(時間・件数・人日)で示す。
| 実務KPI | 現状(Before) | 解決後(After) | 対応する決裁者KPI |
|---|---|---|---|
| メンテナンス業務の準備時間 | 2時間 | 1時間 | メンテナンス業務コスト |
| 不得意設備のメンテナンス工数 | 3人日 | 1.5人日 | メンテナンス業務コスト |
| エスカレーション件数 | 1,000件 | 500件(自己解決率の向上) | エスカレーション工数コスト |
| メンテナンスサポートからの返答時間 | 8時間後 | 4時間後 | エスカレーション工数コスト |
| トラブル再発件数 | 100件 | 50件 | トラブル再発コスト |
実務担当者向けKPIのポイントは、決裁者向けKPIの「どの削減効果につながるか」を明示することだ。
この対応関係が見えると、実務担当者は「自分の行動が会社のコスト削減に直結している」と理解できる。それが、業務改善への積極的な協力姿勢につながる。
表の見出しに「対応する決裁者KPI」の列を追加するだけで、2つの視点が繋がる。これが提案書全体の一貫性を作る。
まとめ

「期待する効果」には2つの役割がある。
決裁者が投資を判断するための材料を提供すること。そして実務担当者が協力に合意するための材料を提供すること。
この2つを同時に満たすには、KPIを2種類設計する。決裁者向けには「円・コスト削減・ROI」、実務担当者向けには「時間・件数・人日」。実務担当者向けKPIは提案書の「課題」「解決策」と対応関係を持たせることで、提案書全体に一貫性が生まれる。
提案書の他の項目も整備したい場合は、業務改善提案書「現状の業務フロー」で押さえるべき3つの目的と図解のルールを参照してほしい。実務担当者向けKPIと課題の対応関係をさらに深く設計したい場合は、業務改善提案書の「課題」の書き方:QCDとルール視点で整理するコンサルタント直伝のフレームワークも合わせて読んでほしい。
「期待する効果」を書き直す前に確認するチェックリスト
- [ ] 決裁者向けKPIは「円・コスト削減・ROI」の形で、問題点との対比になっているか
- [ ] 実務担当者向けKPIは「時間・件数・人日」の形で書かれているか
- [ ] 実務担当者向けKPIの各行に「対応する決裁者KPI」が明示されているか
- [ ] 標準シナリオと保守シナリオの2本立てで、最悪ケースの回収見込みを示せているか
