
工場設備のメンテナンス部門に対して業務改善の提案をしたときのことを、今でも覚えている。
解決策を細部まで落とし込み、スイムレーン図で担当者・部門・システムをきれいに配置した。「解決後の業務フロー」のスライドは、我ながら整っていた。
ところが部長のレビューで返ってきた言葉は、「で、何がどう変わるの?」だった。
あれだけ丁寧に書いたのに。どこをどう直せばいいのかが、まったくわからなかった。焦りと徒労感が混ざった、あの感覚は独特だった。
後から気づいたのは、問題は「書き方」にあったのではないということだ。「何のために作るのか」という目的の設定から、ずれていた。
- 「解決後の業務フロー」は投資判断のためではなく、「縦の承認(部長との合意)」と「横の合意(関係者との共通認識)」を達成するための道具である。
- 承認を取るためには、部門・人物・役割・システムの位置を変えず、「何が変わるか」を大げさなくらいわかりやすく強調することが設計の核心になる。
- 図を「正確に書くこと」に集中している限り、承認への道は遠い。目的から逆算して「誰に何を伝えるか」を決めた瞬間、フロー図の作り方は根本から変わる。
「正確なフロー図を作る」という常識が、承認を遠ざける

業務フローの書き方を調べると、こんな作法が出てくる。
「記号を統一する」「矢印を一方向に揃える」「図形は1枚に15個以内に収める」——。
どれも間違いではない。整った図を作るための作法だ。
ただ、これらはあくまで「読みやすく書くための作法」であって、「承認されるための設計思想」ではない。
この2つは、目的が根本から違う。
工場メンテナンス部門での提案で、実際にこの罠にはまった。
現状フローと解決後フローを左右に並べて作った。記号も統一し、矢印の向きも揃えた。見た目は申し分なかった。
しかし変化点を、変わらない工程と同じ色・同じ形で描いていた。
部長は2枚を交互に見比べた。しばらくして、「これ、どこが変わったの?」と言った。
正確さを追求した結果、差分が消えていたのだ。
「正確なフロー図」を目指すと、3つの問題が起きやすい。
1つ目は、例外処理まで書き込もうとして図が膨大化する。
2つ目は、使う記号が増えて読み手が混乱する。
3つ目は、変化のある工程もない工程も同じ見た目になる。
結果として、「どこが変わるのか」が瞬時にわからない図になる。
さらに問題なのは、変化量が小さく見えることだ。現状の延長線上にしか見えないTo-Beは、「今やる必要はない」と判断されてしまう。
業務改善提案書の「現状の業務フロー」の書き方については業務改善提案書「現状の業務フロー」で押さえるべき3つの目的と図解のルールでも解説している。現状フローと解決後フローをセットで設計する視点が、承認への近道になる。
業務改善提案書「解決後の業務フロー」の本当の目的は2つだった

「解決後の業務フロー」を何のために作るのか。
多くの担当者が「解決策を正確に図解するため」と答える。しかしそれは目的ではなく、手段だ。
本当の目的は2つある。
1つ目は「縦の承認」——部長に「この解決策で問題が解消できる」と納得・合意してもらうことだ。
部長が知りたいのは、実はシンプルな2点だけである。
「どこが変わるのか」「現場は本当に動けるのか」。
この段階は投資の意思決定ではない。「改善の方向性」の合意を取る場だ。ROIやコスト回収の詳細計算は、別の章に任せればいい。
2つ目は「横の合意」——実際に業務を担う関係者に「自分の仕事がどう変わるのか」を正確に共通認識させることだ。
現場の「そんな話聞いていない」を、事前に潰すためのものである。
この「縦の承認」と「横の合意」という目的の2分類を頭に置いて設計すると、フロー図の役割が根本から変わる。
目的を「正確な図解」に設定した場合、変化点が均一に描かれ、部長は「で、ここから何が変わるの?」という状態になる。
目的を「承認と合意」に設定した場合、「変わる部分だけ」を大げさに強調することが設計の中心になる。何を目立たせ、何をグレーアウトするかが自然に決まる。
なぜ担当者は目的を誤るのか。
業務フローの書き方を調べると、「記号の使い方」「スイムレーンの作り方」など「作法」が先に出てくる。「何のために作るのか」を教えている情報は少ない。
担当者は「正しく作ること」を求められる環境にいるため、目的より手段を先に学んでしまう。これは個人の失敗ではなく、情報環境の構造的な問題だ。
業務改善提案書全体の構成と通し方については業務改善提案書の書き方【構成と通し方を完全解説】も参照されたい。
業務改善提案書の書き方:目的から逆算した「解決後の業務フロー」設計の3原則

「縦の承認×横の合意」を達成するために、設計段階で意識すべき原則が3つある。
いずれも工場メンテナンス部門の実案件で実際に使ったものだ。
原則1:部門・人物・役割・システムの位置は変えない
「解決後の業務フロー」は「現状の業務フロー」との対比で読まれる。
スイムレーンの配置を変えると、「どこが変わったか」ではなく「全部変わったように見える」状態になる。部長も関係者も、差分の確認を強いられる。
位置を固定することで、2枚を並べたとき「変わった部分だけが目に飛び込む」状態にできる。
工場メンテナンス部門での提案では、メンテナンス担当・設備管理システム・部長承認レーンの位置を現状フローと完全に一致させた。
結果、部長が2枚を見比べて15秒で「ここが変わるんだね」と言えた。
原則2:変化点を「大げさだと感じるくらい」強調する
解決後のフローで部長に伝えるべき情報は、「どこが変わるか」だけだ。
変わらない部分に目が行くことはノイズになる。変化点には色を変える・太字・マーク・アイコンを複合的に使い、「これでもか」というくらい目立たせる。
実際に使った組み合わせはこうだ。
「変わらない工程はグレー、新しく変わる工程は赤(塗りつぶし)+太枠+★マーク」。
作りながら「大げさすぎないか」と思った。しかし部長レビューで、「ここが変わるのはすぐわかった」と言われた。
「ちょうどいい」と感じているレベルでは、実は部長には伝わっていない。
色の配分を意識するなら、3色ルールを使うと迷いが減る。変わらない工程(ベースカラー)70%、流れの線や矢印(メインカラー)25%、変化点のみ(アクセントカラー)5%の比率だ。1色だけでも「変化点専用」に割り当てることが重要になる。
原則3:作る前に「誰に何を合意させるか」を書き出す
フロー図を作り始める前に、一度立ち止まる。
「縦の承認で部長に見せる変化点は何か」「横の合意で関係者に共通認識させる変化は何か」を、箇条書きで言語化しておく。
この作業があると、「何を強調するか」が決まる。完成後に「また修正」が起きにくくなる。
工場メンテナンス部門の実案件では、フロー作成前にこの2点だけを定義した。
- 部長への合意ポイント:設備点検の報告経路が変わる(部長の確認フローが減る)
- 関係者への合意ポイント:メンテナンス担当者が入力する台帳が1本に統合される
この2点だけを強調した図を作ると、レビューが1回で通った。
まとめ
「解決後の業務フロー」を「正しく作る」ことから「承認と合意を取るために作る」に切り替えた瞬間、何を強調し、何を省くかが自然に決まる。
フロー図は手段だ。目的は縦の承認と横の合意である。
その認識が変わると、レビューが一発で通る図が作れるようになる。
業務改善提案書の「解決後の業務フロー」に特化して解説してきたが、提案書全体の構成・通し方については業務改善提案書の書き方【構成と通し方を完全解説】にまとめている。
