
僕は以前、ある部署で、納得できない指示を受けたことがある。
正直、そこにロジックは見えなかった。前提そのものが崩れている気がした。
それでも、僕は黙ってその指示に従った。
反論すれば評価に響くかもしれない。そう思うと、言葉が喉の奥で止まった。
あとになって、僕はその自分を「気が弱いから言えなかった」のだと思っていた。意気地のない人間だと、少し自分を責めていた。
でも今は、少し違う見方をしている。
厚生労働省の調査によると、部長級の平均賃金は57万7900円、非役職者は27万7400円。この差を生み出しているのは、部長という立場が持つ、具体的な権限だった。
給与を左右し、評価を左右し、昇進を左右する相手には、現場は構造的に強く出られない。それは性格の弱さではなく、権限という仕組みの中で当然起きる反応だった。
- 部長の指示に逆らいにくいのは性格の問題ではなく、部長が「給与権」と「人事権(昇進・降格の決定権)」という具体的な権限を持っているからである
- この権限は部長が一方的に得をするためのものではなく、部門の資源(人・モノ・金)を使って利益を確保する「戦術」を実行する責任とセットになっている
- 権限の構造を理解すると、部長への反発や萎縮ではなく、自分が今どの権限の範囲内で動いているかを冷静に見極められるようになる
「部長ガチャ」「相性が悪いだけ」で片づけてきた違和感
部長との理不尽さを「相性が悪いだけ」で片づけても、上司が変わるたびに同じ違和感がぶり返す。それは、これが個人の相性ではなく、構造から生まれている問題だからだ。
僕も、以前は「上司ガチャ」という言葉をよく使っていた。
SNSを見ても、「部長と合わない」「あの人とはどうしても相性が悪い」という声があふれている。理不尽な指示を受けたとき、それを相性の問題として片づけるのは、自然な反応だと思う。
僕自身、部長が異動すれば、この理不尽さも変わるはずだと思っていた時期がある。
ただ、実際には違った。
部長が変わっても、評価基準の不透明さや、意思決定の遅さといった理不尽さは、形を変えてまた現れた。
個人の相性だけの話では、上司が変わっても同じような理不尽さが繰り返される理由を、説明しきれない。上司や組織への違和感の正体—株主から現場まで7つの立場の論理を解くで書いたように、この違和感の多くは、株主から現場までの7つの立場が持つ役割と利害の連鎖から生まれている。部長という立場も、その連鎖の中の一つだった。
部長に逆らいにくい本当の理由──「給与権」と「人事権」の中身

部長の指示に逆らいにくいのは、部長が「給与権」と「人事権(昇進・降格の決定権)」という、現場の評価と将来に直接影響する権限を持っているからだ。それが、僕がこの構造を追ってたどり着いた結論だった。
僕がこの構造を理解するきっかけになったのが、役職ごとの権限分担についての整理だった。
役員は、役職者の任免や全社的な異動方針の決定、個別異動の最終決裁、懲戒処分の最終判断という「決定権」を持っている。
一方、部長が持っているのは「起案・推薦権」だ。部署内の配置・異動の決定、人事評価の決定(課長がつけた評価の承認)、そして昇進候補者の推薦。
課長は、部下の一次評価の作成や、業務分担の設計といった「指導・評価権」を担う。
僕がこの権限分担を知って意外だったのは、「人事権は人事部が持っている」という思い込みが、実はほとんど誤解だったということだ。実質的に人事や評価を決めているのは、人事部ではなく、直属の上司、つまり部長だった。人事部は、その手続きを担っているに過ぎないケースが多い。一定の役職以上になると人事部長の押印が必要になることが、「人事部に人事権がある」という誤解を生んでいるようだった。
課長がつけた一次評価は、部長の承認という段階を経て確定する。昇進候補の推薦も、部長の判断が大きく影響する。
給与のデータも、この構造を裏づけている。非役職者から部長までの昇進で、月給はおよそ2倍(プラス32万4000円)に増える。これは賞与を含まない月額ベースの数字であり、実際の年収差はさらに大きい。
現場が部長の判断に逆らいにくいのは、部長が、評価の承認と昇進候補の推薦という形で、給与と将来に直接影響を与える立場にいるからだった。なぜ会社は中間管理職の給料を上げないのか──組織構造の話で書いたように、給与という権限がどのように決まっていくのかを見ていくと、この構造はさらにはっきりと見えてくる。
権限は「責任の裏返し」だった──部門経営者としての部長の役割

部長の強い権限は、一方的な特権ではない。資源を活用して利益を確保する仕組みをつくるという、重い責任とセットになっている。それが、僕がこの章でたどり着いた見方だ。
そこで僕は、もう一つ視点を変えてみた。
なぜ部長には、これほど強い権限が与えられているのか。
部長は「部門経営者」として、人・モノ・金という経営資源を使い、「今日の飯」でも「明日の飯」でもなく、「将来の飯」を創り出すことを求められている立場だった。
部長の役割は、戦術を立てることだ。戦術とは、資源の活用のことを指す。社長が決めた資源配分の中で、実際に利益が確保できるよう、業務を仕組み化していく。
給与権や人事権という強い権限は、部長がその権限を使って、資源配分を実行し、利益を確保する仕組みをつくるという、重い責任とセットになっていた。
権限だけを切り取って「あの人は威張っている」と捉えると、この構造の半分しか見えていないことになる。
部長は自部署の利益確保のためにで書いたように、資源活用という戦術が、時に自部署を優先する政治的な行動に見えてしまうことがある。それも、この権限と責任のセットから生まれている。
一方で、1000万円の部長が問題を解決できなかった話のように、高い権限と給与を持ちながら、問題を解決できない部長もいる。それは、権限があることと、その権限を使いこなせることが、必ずしもイコールではないからだった。
部長の権限構造を理解して、変わる3つの見方

権限の構造を理解してから、僕は部長との向き合い方を「権限の範囲を切り分ける」「伝え方を選ぶ」「仕組み化の意図を観察する」という3つの見方に変えた。
僕は、この権限の構造を理解してから、部長との向き合い方を、少しずつ変えていった。
一つ目は、その指示が部長個人の性格ではなく、「起案・推薦権」という範囲内の判断なのかどうかを、一度切り分けて見ることだった。
部長の権限は「起案・推薦権」であり、最終的な「決定権」は役員が持っている。理不尽に感じた指示や評価を受けたとき、それが部長個人の裁量なのか、役員の決定を部長が伝えているだけなのか。この切り分けだけで、受け止め方は変わった。
二つ目は、給与や評価への影響力があることを踏まえて、伝え方を選ぶことだった。
部長は、課長の一次評価を承認し、昇進候補を推薦する立場にいる。感情的に反発するのではなく、事実をベースに意見を伝えるというトーンを選ぶようにした。課長は課長が評価したいように評価するで書いたような評価のズレも、この伝え方次第で、受け止められ方が変わってくる。
三つ目は、部長がその権限を使って、何を仕組み化しようとしているのかを、観察してみることだった。
部長の本来の役割は、資源活用の仕組み化であり、部門経営だ。指示の背景に、どの資源(人・モノ・金)をどう配分しようとしているのかという意図を探ってみると、理不尽に見えていた指示の一部が、仕組み化の途中経過に見えてくることがあった。
まとめ
部長への理不尽さは、性格の良し悪しの問題ではない。給与権と人事権という具体的な権限構造と、資源活用という重い責任がセットになった結果、生まれているものだ。
僕がこの構造を理解してから実際に変えたのは、次の3つだ。
- 理不尽に感じた指示を受けたとき、それが部長個人の裁量なのか、役員の決定を伝えているだけなのかを、一度切り分けて考える
- 感情的に反発するのではなく、事実をベースに意見を伝えるというトーンを選ぶ
- 指示の背景に、どの資源(人・モノ・金)を配分しようとしているのかという意図を、一度探ってみる
僕は、この構造を理解してから、部長という存在を、敵でも味方でもなく、この構造の中で自分の持ち場を担っている一人として見られるようになった。
上司や組織への違和感の正体—株主から現場まで7つの立場の論理を解くでは、株主から現場まで7つの立場の役割と心理を、それぞれ解剖している。部長以外の立場についても知りたい場合は、あわせて読んでみてほしい。
