社長の本当の仕事は「働くこと」ではない——システムと管理という役割の再定義

環境の構造理解

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社長の本来の役割が労働ではなくシステム構築と管理にあることを表すアイキャッチ画像

僕はこれまで、中小企業の経営コンサルティングの現場で、何人もの社長に会ってきた。

その中には、誰よりも早く会社に来て、誰よりも遅くまで現場に立っている社長が、何人もいた。

朝一番に工場のラインを見て回り、日中は営業に同行し、夜は取引先のクレーム対応に自ら出向く。社員からは「うちの社長は本当によく働く人だ」と言われる。

僕も最初は、それを素直に「立派な社長だ」と思っていた。

でも、そういう会社を何社も見ていくうちに、あることに気づいた。

社長がどれだけ働いても、会社の売上や利益の規模が、何年も同じところで足踏みしている会社が、少なくなかったのだ。

しかも、その社長自身に聞くと、決まってこう言う。「自分がいないと、現場が回らないんです」。

これは、本人の怠慢でも、能力不足でもない。むしろ真逆で、誰よりも懸命に働いている社長ほど、この状態に陥りやすい。

以前、上司や組織への違和感の正体—株主から現場まで7つの立場の論理を解くという記事で、株主から現場までの7つの立場の力学を整理したことがある。今回は、その中の「社長」という立場を、もう一段掘り下げてみたい。

次世代の組織における社長の本来の役割は、自ら現場で「労働」することではない。「システム(ITと人)」を構築し、それを「管理」することにある。

この記事の3つのポイント
  • 社長本来の役割は現場での労働ではなく、「システム(ITと人)を構築し、それを管理すること」であり、具体的にはマーケティング・管理・KSF管理・問題設定という4つの職務に分解できる
  • 「よく働く社長」ほど会社の成長が止まりやすいのは、目の前の実務や管理業務に時間を奪われ、システムを構築する役割を果たせていないからである
  • 社長は「給料日に給料を払う人」であり、自らが動かなくても事業が回る「システムの保持者(オーナー)」としての責任を負う立場だと理解すると、日々何にエネルギーを使うべきかが整理される

「社長は誰よりも働くべきだ」という理解は、どこまで正しいのか

結論から言うと、この理解も間違ってはいない。ただし、それだけでは説明できないことがある。

創業したばかりの会社や、成長の初期段階にある会社では、社長自身が誰よりも汗をかくことが、実際に必要な局面がある。

営業も、製造も、クレーム対応も、社長が先頭に立たなければ、会社そのものが立ち上がらない時期は確かにある。

僕自身、創業期の社長が現場に入り込んで会社を軌道に乗せていく姿を、何度も見てきた。

ただ、この「社長=最前線の労働者」という状態が、事業がある程度の規模になった後も続いてしまうと、話は変わってくる。

「社長がいないと現場が回らない」という状態は、一見、頼りにされている社長のようにも見える。

でも実際には、社長という一人の人間の労働力の上限が、そのまま会社の成長の上限になってしまっているだけなのだ。

社長は仕事として何をするのか——「よく働く社長」ほど、会社の成長が止まってしまう理由

経営者が持つ職人・マネージャー・起業家という3つの人格を示す図解

結論から言うと、社長が仕事として本来担うべきなのは「実務」ではなく、実務・管理・未来設計という3つの役割のうち、社長にしかできない「未来設計」の部分だ。

この現象をうまく説明してくれる考え方に出会ったのは、経営コンサルティングの勉強をしていた時期だった。

アメリカの経営コンサルタントであるマイケル・E・ガーバーは、著書『はじめの一歩を踏み出そう(The E-Myth)』の中で、経営者には3つの人格があると説明している。

「職人」「マネージャー」「起業家」の3つだ。

「職人」は、目の前の作業を自分の手でこなすことに満足を感じる人格。「マネージャー」は、秩序を作り、管理することに安心を感じる人格。そして「起業家」は、事業の未来を描き、仕組みを作る人格だ。

ガーバーの指摘で僕がはっとしたのは、多くの中小企業の社長が、「職人」と「マネージャー」という2つの人格に偏っているという部分だった。

現場の作業をこなし、日々のトラブルに対応し、部下の管理をする。それだけで一日が終わってしまう。

事業の未来像を描き、差別化された仕組みを構築する「起業家」としての時間は、後回しにされ続ける。

「よく働く社長」の会社ほど成長が止まりやすいのは、社長自身が「職人」と「マネージャー」として忙しく動き回っている一方で、会社という仕組みそのものを磨く時間を、誰も取れていないからだ。

これは、社長個人の能力や根性の問題ではない。時間とエネルギーを、どの人格に配分しているかという構造の問題なのだ。

社長の仕事の見取り図——マーケティング・管理・KSF管理・問題設定という4つの職務

社長が担うべきマーケティング・管理・KSF管理・問題設定という4つの職務の見取り図

そこで、ここからは、次世代の組織における社長が担うべき具体的な職務を、4つに分けて見ていきたい。

マーケティング。事業を広げ、差別化されたシステムを構築すること。

管理。現場が約束を守り続ける仕組みを、計測し改善すること。

KSF管理。2〜3個の数字で、経営全体をコントロールすること。

そして問題設定。組織が本当に取り組むべき問題そのものを決めること。

この4つを、1つずつ具体的に見ていく。

マーケティングを行う——事業を広げる、差別化されたシステムを構築する仕事

結論から言うと、社長にとっての「マーケティング」は、営業活動そのものではなく、営業しなくても価値が伝わる仕組みを作ることだ。

ガーバーは、経営における「マーケティング」を、単なる広告や集客活動としては定義していない。

「他社と差別化された、顧客に一貫した体験を提供できる企業システムそのものを構築すること」。これが、ガーバーの言う「マーケティング」だ。

僕はこの定義を知って、自分の中の「マーケティング」という言葉の理解が、かなり狭かったことに気づかされた。

事業を広げるというと、つい「社長がもっと営業に出て、契約を取ってくること」だと考えてしまいがちだ。

でも、それでは、社長個人の労働力の分だけしか、事業は広がらない。

本当の意味での「事業を広げる」とは、誰が担当しても同じ水準の価値を顧客に提供できる仕組みを作り、その仕組みごと事業を拡大していくことだ。

社長個人の労働に依存した売上拡大は、社長が倒れた瞬間に頭打ちになる。差別化された仕組みに依存した売上拡大は、社長がいなくても、広がり続ける。

管理を行う——現場が約束を守り続ける仕組みを計測・改善する仕事

結論から言うと、社長にとっての「管理」とは、現場を見張ることではなく、約束が守られているかどうかを計測し、崩れたら改善できる仕組みを持つことだ。

もう一つの職務が、「管理」だ。

ガーバーの定義では、「管理」とは、マーケティングによって顧客に約束した価値、つまり品質や納期や体験を、現場が日々守り続けられるようにする仕組みのことを指す。

社長が現場の作業の一つ一つを見張ることが、「管理」なのではない。

約束された水準が守られているかどうかを、計測できる状態にしておくこと。そして、崩れた場合にすぐ気づいて改善できるようにしておくこと。それが、社長にとっての「管理」という仕事だ。

以前、システム導入が進まない会社に共通していた問題という記事で書いたように、目的が曖昧なままITツールだけを導入しても、現場には定着しない。

これも突き詰めれば、社長自身が「何を管理し、何を計測すべきか」を明確に定義できていないことの表れだと、僕は考えている。

管理とは、監視ではない。仕組みの計測と改善だ。

KSFを管理する——経営のコントロールに使う2〜3個の数字

結論から言うと、社長が日常的に見るべき数字は、業務全体ではなく、事業の成否を左右する2〜3個の指標だけでいい。

構造化された事業においては、社長がすべての業務を細かく把握する必要はない。

事業の成否を左右する、2〜3個の数字だけを継続的にチェックし、コントロールできていればいい。これが、KSF(重要成功要因)の管理だ。

具体的な手法としては、経営戦略の現場で広く使われている3C分析(顧客・競合・自社)や、経営学者ロバート・キャプランとデビッド・ノートンが提唱したバランス・スコアカード(BSC)を使って、事業ごとのKSFを絞り込んでいくやり方がある。

僕が印象に残っているのは、ある工務店の事例だ。この工務店では、バランス・スコアカードを使って、「アフター点検の実施率」という一見地味な数字を、経営のKSFとして組み込んでいた。

新規契約の件数でも、売上高でもない。アフター点検という、顧客との長期的な信頼関係を左右する数字を、社長自身が継続的にチェックしていたのだ。

このように、KSF管理とは、社長が「システムの保持者」として事業全体を掌握するための、具体的な実務の手段だ。

すべてを見なくていい。見るべき数字は、ごくわずかでいい。

問題を設定する——目の前の問題解決ではなく、組織が取り組むべき問題そのものを決める責任

結論から言うと、社長の役割は目の前の問題を自分で解決することではなく、組織が取り組むべき問題そのものを決めることだ。

経営や業務改善の現場では、ロジックツリーやイシューツリーを使って、問題をもれなく重複なく(MECEに)整理し、本当に取り組むべき「コア・イシュー」を絞り込んでいく手法がある。この「もれなく重複なく」という考え方は、コンサルティング会社出身のバーバラ・ミント氏が体系化したことで広く知られるようになった。

イスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラットが提唱した制約理論(TOC)を使って、事業全体のボトルネックになっている工程を特定する手法もある。

こうした手法に共通しているのは、「問題を解決すること」と「問題を設定すること」が、まったく別の作業だという前提だ。

トップの真の役割は、目の前で起きている個別の問題を、自分の手で解決することではない。

無数にある問題の中から、「組織が本当に取り組むべき問題は何か」を設定することにある。

1000万円の部長が問題を解決できなかった話という記事で書いたように、高い給与をもらっている部長であっても、与えられた個別の問題を解決すること自体には、限界がある。

僕はこれを読んだとき、部長個人の能力不足の話として片付けたくなる気持ちを、正直、抑えられなかった。

でも、本当に問われるべきなのは、「その問題は、誰が設定したものか」ということだ。

個別の問題解決に追われている社長は、結局のところ、「職人」人格のまま経営をしていることになる。組織全体として、どの問題に資源を投下すべきかという優先順位づけの機能は、そこでは働いていない。

システムの保持者であること——「給料日に給料を払う人」という自己認識の意味

社長が現場にいなくても事業が回る「システムの保持者」という状態を示す図解

結論から言うと、マーケティング・管理・KSF管理・問題設定という4つの職務は、すべて「自分がいなくても事業が回る状態を作る」という一点に集約される。

ここまで見てきたマーケティング、管理、KSF管理、問題設定という4つの職務は、すべて一つのことに集約される。

「自分がいなくても、事業が回る状態を作る」ということだ。

社長は「給料日に給料を払う人」であり、自らが現場で動かなくても事業が回る、「システムの保持者(オーナー)」としての責任を負う立場にある。

これは、僕がコンサルティングの現場で何度も確認してきた実感でもある。

逆に言えば、社長自身が現場労働の多くの時間を割いている状態は、たとえ本人が「頑張っている」と感じていたとしても、システムの保持者としての責任を、十分に果たせていない状態でもある。

社長自身が自社株の多くを保有し、株主を兼ねている場合も少なくない。株主が実際に行使する5つの権限——会社の何を、どう決めているのかで書いたように、株主としての利益、つまり資本効率と、システムの保持者としての職務は、必ずしも同じ行動を要求するわけではない。

株主としての顔と、経営者としての職務は、分けて考える必要がある。

まとめ——社長の忙しさは、会社の健全さの証明にはならない

ここまで、マーケティング、管理、KSF管理、問題設定という4つの職務と、それらを貫く「システムの保持者」という自己認識について見てきた。

社長が誰よりも忙しく働いていることは、それ自体では、経営がうまくいっていることの証明にはならない。

むしろ、社長が現場労働から離れられていないという状態そのものが、システムがまだ完成していないというサインでもある。

この構造を理解してからは、僕自身、社長という立場を見るときの見方が変わった。

「頑張っているかどうか」ではなく、「システムとして機能しているかどうか」。それが、もう一つの判断軸になった。

すべての社長が、最初からシステムを作れるわけではない。それでも、自分が今、どの職務にエネルギーを使っているのかを知ることには、大きな意味がある。