「無能な上司」ではなかった——現場を知らない55歳部長、1993年入社からの30年史

環境の構造理解

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就職氷河期から役職定年制度まで、55歳部長が歩んできた30年の年表を示すアイキャッチ画像

週に3回の定例会議で、部長はいつも同じことを聞く。

「進捗はどうなっている」「なぜそうなった」。それだけを聞いて、具体的な打ち手は何も示さない。最後は決まって「よろしく頼む」。

僕がかつて話を聞いた課長も、そういう部長のもとで働いていた。困って相談に行くと、判断の代わりに報連相の形式だけを求められる。「任せる」と言われて少し安心した数日後、結局何も決めてくれていなかったことに気づく。そのたびに、腹の底に小さな怒りと諦めが積み重なっていく。

僕自身も、そういう部長を見て「この人は何を考えているのだろう」と何度も思った。無能なのか、それとも何か理由があるのか。答えが出ないまま、ただ理不尽さだけが残っていた。

でも今は、少し違う見方をしている。この部長にも、そうならざるを得なかった30年間があった。

この記事の3つのポイント
  • 「丸投げ」「報連相の強要」「気合い論」といった部長の言動は、性格や能力の欠陥ではなく、就職氷河期・IT丸投げ文化・多重下請け構造・役職定年制度という4つの時代の波を順番に受けてきた結果である
  • この30年の年表を知ると、部長の行動は「無能」ではなく「別の時代には機能していたやり方を、今も続けている」という時代とのミスマッチとして理解できる
  • 部長を個人攻撃する代わりに、その言動がどの時代の経験に由来するのかを見分けられるようになると、理不尽さへの怒りは整理された理解に変わる

「無能な上司」に見える30年——年表で辿る4つの時代

就職氷河期からIT丸投げ文化、多重下請け構造、役職定年制度に至る部長の30年の年表図解

結論から言うと、この部長が「無能」に見えるのは、能力の欠陥ではなく、就職氷河期・IT丸投げ文化・多重下請け構造・役職定年制度という4つの時代の波を、順番にそのまま受け継いできたからだ。

僕がこの部長のモデルとして思い浮かべているのは、2026年現在55歳、1993年に大卒で入社し、2001年にリーダー、2011年に課長、2021年に部長へと昇進してきた、ごく一般的な人物だ。

一つずつ、彼が生きてきた時代を辿ってみたい。

1990年代:就職氷河期を生き延びた22歳

彼が入社した1993年は、まさに就職氷河期の入口だった。

大卒求人倍率は1991年3月卒の2.86倍から、1995年3月卒には1.20倍、1996年3月卒には1.08倍まで落ち込み、2000年3月卒にはついに0.99倍という、統計開始以来初めての1倍割れを記録する(リクルートワークス研究所調べ)。1992年には『就職ジャーナル』が「就職氷河期」という言葉を初めて使い、1997年から98年にかけては北海道拓殖銀行や山一証券の破綻など金融不安が連鎖し、有効求人倍率は0.72倍から0.53倍へと急落した。

1993年に入社できた彼は、この氷河期の入口をかろうじて逃れた世代にあたる。「就職できただけで幸運だった」という感覚が、彼の原体験になっている。

皮肉な事実もある。景気低迷が長引くほど、若い世代ほど終身雇用を希望する割合が高まっていたことが、内閣府の調査でわかっている。「一度就職できた会社にしがみつく」という選択は、当時としては極めて合理的な判断だった。

当時は業務マニュアルよりも、先輩や上司に横についてもらいながら仕事を覚えるのが当たり前だった。10年かけて一人前になる、という前提があった。そしてバブル崩壊後、多くの企業は「ITは専門会社に任せよう」という判断を急速に広げていった。このIT丸投げ文化は、その後30年にわたって定着することになる。彼にとって、ITは自分で使いこなすものではなく、外に任せるものという発想が、現場時代からすでに刷り込まれていた。

2000年代:モノ売り一筋のリーダー

30代になり、リーダーとして働いていた2000年代、IT業界には大手システムインテグレーターを頂点とする多重下請け構造が定着していた。多い場合は最大で6次下請けにまで連なるピラミッド構造の中で、「人月単価×人数」で売上を計算する人月商売が標準的な商習慣になっていた。

顧客の課題そのものを提案するコト売りへの転換も模索されてはいたが、それができたのは「ソリューションブランド」と「課題探知能力」を持つごく一部の元請け企業だけだった。中小の下請け企業は細分化された作業しか受けられず、システム全体を設計する上流工程に参加できないため、コト売りに必要な知見を蓄積すること自体が構造的に難しかった。

彼がモノ売り領域の仕事を担当し続けていたのは、能力の限界ではなく、多重下請け構造のどの位置に配置されていたかという、構造の結果だった。飲み会で社内外の人間関係を築き、サービス残業と人海戦術で厳しいプロジェクトをこなす。それが、この時代の標準的な成果の出し方だった。

当時の現場でも、マニュアルより先輩の背中を見て仕事を覚えるという文化が根強く残っていた。この技術継承のあり方には、限界もある。「100%の技術継承」を求めた部長が気づいたことで書いたように、完璧な引き継ぎを目指すほど、かえって行き詰まってしまうこともある。

2010年代:監視の技術を覚えた課長

40代、課長として働いていた2010年代は、転職市場が少しずつ動き始めた時期でもあった。転職者数は2010年の281万人から2016年には306万人まで増加している。ただし、その中身を見ると、正社員と非正規社員の壁は厚いままだった。2016年時点でも、非正規から正社員への転職はわずか38万人にとどまっている。

日本のいわゆる「クラウド元年」は2010年とされる。技術の環境も大きく変わり始めていた。一方で、役職定年は大手企業で課長52歳・部長54歳あたりが相場になっていた。

住宅ローンと子どもの教育費を抱えていた彼にとって、転職は現実的な選択肢にならなかった。プレイングマネージャーとして実務と管理の両方を抱えながら、部長になるための昇進競争を生き延びていく中で、彼は社内政治のスキルと、報連相を管理の道具として使う技術を身につけていった。

2020年代:本当は怖がっている部長

役職定年を迎えると、年下の元部下から指示を受ける立場になることも珍しくない。だからこそ、55歳前後は「人生最大の転機」とも言われる。

「もう役員には上がれない」と悟った管理職には、重要な決定を部下に丸投げし、自らは判断を下さなくなるという現象が見られる。ダイヤモンド・オンラインで報じられた実例分析では、これは「定年前OB化」と呼ばれている。

部長になった今、彼が本当に恐れているのは、失敗そのものよりも、「役職定年までの残り数年間、何も問題を起こさずに逃げ切れるか」ということだ。丸投げは、怠慢というより、権威が揺らぐことへの防衛反応として説明できる。

「無能な上司」ではなく「時代への最適化」と言える理由

本来は下から上への相談の仕組みだった報連相が、上から下への監視の道具に転用された様子を示す図解

結論から言うと、彼の行動を「無能な上司」ではなく「時代への最適化」と呼べるのは、報連相も気合い論も丸投げも、彼が育ってきた縦社会の構造の中では、かつて実際に機能していたやり方の名残だからだ。

ここまでの30年を振り返ると、彼の行動は「無能」という一言では説明しきれないことがわかる。

たとえば「報連相」という言葉は、1982年に山種証券の社長だった山崎富治氏が提唱した社内キャンペーンが起源とされている。1986年に出版された著書によって全国に広まったこの仕組みは、もともと「部下が上司に相談しやすい、風通しの良い職場をつくる」ための、下から上へのコミュニケーション策だった。

それが、日本企業に根強く残る年齢階層的な縦社会の中で、先輩が後輩を指導し、後輩が先輩に頼るという年功的な仕組みと結びつき、いつの間にか、管理職が部下の動向を把握し統制するための、上から下への道具へと転用されていった。

彼が報連相を「自分のための状況把握ツール」として多用するのは、本来の趣旨を曲解しているというより、彼自身が育ってきた縦社会の構造そのものが、そう機能させてきたからだ。気合い論も、丸投げも、なぜなぜ分析が形骸化してしまうことも、同じように説明できる。個人の資質ではなく、彼が生きてきた4つの時代それぞれで「その時は確かに機能していたやり方」の名残なのだ。

1964年の東京オリンピックで金メダルを獲得した「東洋の魔女」を率いた大松博文監督の、苛烈な特訓による成功体験が、高度経済成長期の日本企業に精神論的な行動様式として残り続けたという話がある。彼の30年の年表もまた、同じ構造が個人のレベルで積み重なった、一つの実例にすぎない。

1000万円の部長が問題を解決できなかった話で描かれているように、高い給与をもらっている部長であっても、彼が生きてきた時代背景ゆえに、今の実務を解決できないケースは珍しくない。また、部長の権限の正体──「給与権」と「人事権」が現場を動かす仕組みで見たように、報連相が監視として機能してしまう背景には、部長が人事評価の権限を握っているという事実も重なっている。

部長の言動を読み替える——3つのチェックポイント

部長の言動を読み替えるための3つのチェックポイントを示すチェックリスト図解

結論から言うと、部長を変えることはできなくても、その言動を「氷河期世代の原体験」「監視としての報連相」「役職定年前の防衛反応」という3つの視点で読み替えるだけで、理不尽さの受け止め方は変わる。

この構造がわかると、部長の言動を少し違う角度から見られるようになる。行動を変える必要はない。まずは、次の3つを自分の中で切り分けてみるだけでいい。

  • この指示は、氷河期世代の「就職できただけで幸運だった」という原体験から来ていないか

転職や副業を勧めない、石の上にも三年的な指導をする。こうした言動は、今の労働市場の常識ではなく、彼が新卒だった当時の市場環境の記憶から来ている可能性がある。

  • この報連相は、状況把握のためか、それとも監視のためか

報連相はもともと、部下が相談しやすい職場をつくるための仕組みだった。頻繁な報連相の要求を「信頼されていない」と受け止める前に、彼自身が縦社会の構造の中でそう学んできた行動様式なのだと、一度捉え直してみる。

  • この丸投げは、怠慢か、それとも役職定年前の防衛反応か

重要な判断を避ける姿勢は、部下への信頼の証ではなく、失敗を避けたいという防衛的な行動である場合がある。部長は自部署の利益確保のために動いてしまう事情も、同じ自己防衛の延長線上にある。だからこそ、責任の所在をあらかじめ自分の中で明確にしておくことが、実務上の自衛につながる。

まとめ

結論として、部長の行動は「無能」ではなく「時代とのミスマッチ」として理解するのが最も的確だ。

部長の行動を「無能」という一言で片付けるのは簡単だ。でも、その人が生きてきた具体的な30年の年表として捉え直すと、理不尽さは個人攻撃の対象ではなく、時代とのミスマッチとして整理できるようになる。

これは、この部長だけの話ではない。似たような年表を持つ、他の上司にも再現できる見方だ。

有能な人材が能力の限界まで昇進し続け、最終的に不適格なポストに落ち着いてしまうという組織論に、「ピーターの法則」というものがある。昇進の先に、必ずしも万能さが保証されているわけではない。そのことを、最後に一つの前提として共有しておきたい。

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